橋本忠雄ブログ

2017年9月25日 15:08

短歌の部屋(29)

今日のお題は、『夏休み』。小谷先生は、ある詩人の言葉を引用されました。坂本遼という詩人です。
その詩人に、「怒るな」「直すな」「真似さすな」という言葉があるそうです。
どういうことかというと、指導者がそれをすると、歌を詠んだり、詩を作ったりする力が伸びないということです。なるほどと納得です。
また、先生は「題詠」について、こう言われました。「ありふれた内容、ありふれた表現にならないように」。これも分かります。
自分自身の表現を追求すること、人まねをせずにじっくりと対象を観察すること、殊に『夏休み』という題は、誰もが同じような経験しているので、類型的な表現になりやすいと、言われました。

 

☆〈朝のうち涼しいうちに勉強を〉そんな地球であった少年の日は
地球温暖化ということもあり、昔の地球とは違ってきていると、私は伝えたかったのですが、ちょっと大袈裟な表現かな?とも、思っていました。すると、先生はこう指摘されました。
「北半球は夏でも、南半球は冬でしょう」「そんな日本であった少年のころ」または、「そんな日々であった少年のころ」ではどうだろうか。
★〈朝のうち涼しいうちに勉強を〉そんな日々であった少年のころ
★〈朝のうち涼しいうちに勉強を〉そんな日本であった少年のころ

確かに、この表現でも地球温暖化に、言及していることにはなりますね。


☆ザリガニもエビもイナゴも食べていた食料難だったか僕らの時代
子どもの頃、ザリガニを食べたことがあります。身は少なくて、子どもでも勿論美味しくはなかったですが・・・。ザリガニ、ヌマエビ、イナゴを食べていたのだから、食糧難ということは分かるので、〈食糧難〉という言葉は、要らないのでは・・・・。なるほど、表現にもう一工夫必要かもしれませんね。では、こんなのは如何でしょうか?
★ザリガニもエビもイナゴも食べていた戦後間もなくの僕らの時代


☆ビー玉は駄菓子屋に売りべったんは近所の子にやり夏は終わった


ちょっと、歌の意味がとりにくいかもしれませんね。実は、小学校六年生の時、来年は中学に行くんだから、もう子どもの遊びとはおさらばだと、子供心に思ったのを記憶しています。
だから、溜め込んだビー玉とべったんをどう処分しようかと、考えました。ビー玉は、洗うと新品みたいに綺麗になりました。そこで、家の前にあった駄菓子屋に売りにいったのです。洗面器(金だらい)いっぱいに山の様に積み上げたビー玉を、おばちゃんは200円で買ってくれました。当時のお小遣いは、1日5円でしたので、子どもにとっては、かなり大金であったのです。
べったんは、さすがによれよれになっていましたので、売るわけにはいきません。そこで、近所の子にあげたのです。それで、子どもの遊びとはお別れ!中学生になるんだと、張り切ったのを覚えています。〈近所の子にやり〉は、ちょっとえらそうすぎるのでは?との先生の感想でした。なるほど、しかし、私は実際えらそうにしていたのです。例えば、友達が朝誘いにきてくれた時、仕度ができていない場合は私の鞄を先に学校まで持っていってくれたりしました。(ちょっと今から思えば、嫌な子ども、問題児ですね!)
だから、〈近所の子にやり〉という表現が自然に出てきてしまったのでしょう。
先生は、こう変えたらどうかと言われました。
★ビー玉は駄菓子屋に売りべったんは幼い子らに 夏は終わった


これでも、べったんは子どもらにあげたということは分かるでしょう。それと、〈幼い子らに〉と〈夏は終わった〉の間に、一字分空けたらどうかとのことでした。
確かに、子どもらにあげたということは分かりますが、えらそうにしていた雰囲気は、出ませんね。問題児としては、元の表現のほうが、ぴったりとしますが、さてどんなものでしょうか。

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