橋本忠雄ブログ

2018年3月 3日 14:02

短歌の部屋(44)

自分の書いた今までの原稿を整理するのは、なかなか難しいものである。

この短歌の部屋の連載も、昨年の分で書き忘れていたのが二回あった。そこで、今日は昨年の歌に付いて書いてみたい。

題は、『駅』。

 

☆夕闇のウィーンの町に君を送る振り返りつつ駅に消えたり

これは、昨年スイスのChac と旅行した際のウィーンでの別れの場面である。二週間の旅行で仲良くなった私たちは(高橋夫妻と我々とChac)、ディナーをすませた後、部屋でトランプ遊びをしたり話したりしていたが、いよいよ別れの時がやってきた。私たちは、もう一泊ウィーンに泊まるのだが、Chacはひとりで、夜行列車に乗ってスイスへ帰ることになっていた。皆で「蛍の光」を歌った。その時、Chacの目に涙が浮かび、私たちも涙ぐんだ。ホテルを出て、駅に歩いてゆくChacを皆で見送ったのだが、彼は幾度も幾度も振り返りながら、地下鉄に消えていった。後日、彼からメールが来た。「来年も一緒に旅をしよう」と。この歌は、このままでよい。映画の一シーンのようである。

☆雨傘がいっせいに駅に向かってる黒も花柄もビニールもある

雨の日に、通勤する人たちがいっせいに駅に向かっていた。それらの傘を眺めていると、黒が多いと思っていたのだが、予想に反してビニール傘が多かった。じつはこの歌は、奥村晃作という歌人の歌に触発されて、作ったのである。彼の昭和54年の『三齢幼虫』という歌集に、こんな歌がある。

※次々に走り過ぎ行く自動車の運転する人みな前を向く

また、『鴇色の足』には、こんなのもある。

※信号の赤に対ひて自動車は次々と止まる前から順に

まったくもって、おかしな歌である。永田和宏氏の解説によると、

——— この一首も発見の歌である。なんともばかばかしい発見であるが、笑ってしまう。しかし、そんな当たりまえのことを、改めて言われてみると、そこに得もしれぬおかしみが生まれる。普通ならこんなことは歌にはしない。しかし作者はそこを面白がっている。ものを見る目の余裕である。そのいかにも真面目そうで過激な視線が、おもしろさを誘って読者を笑わせるのである。

「こんな歌でも、歌と言えるのだ!」というのが、私のいわば発見であった。そこで、傘の歌を試してみたわけである。

この歌は、このままでもよいが「もある」が少しゆるいと、以下のように修正された。

★雨傘がいっせいに駅に向かってる黒も赤も花柄もビニールも

なるほど、「赤」という言葉が増え、最後を〈ビニールも〉と、「いい差し」で終わっている。しかし、この場合は、〈もある〉よりも〈ビニールも〉と言う方が、確かにすっきりとしまって見えますね。

☆鳥を二羽頭にとまらせ水牛は悠然と放る巨大な糞を

この歌は、〈鳥を二羽〉と〈巨大な糞を〉が、効いている。映画の一場面のようだ。女性軍から「私たちには、こんな表現はできないわ」と声が上がった。

先生によると、室町時代には、男言葉と女言葉の違いはなかった。違いが出てきたのは、平安時代からだとのことであった。源氏物語では、〈喰う〉は下品とされ、〈食ぶ〉となったらしい。

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