橋本忠雄ブログ

2018年9月20日 16:10

短歌の部屋(56)

お題は、『食』。

 

☆膝傷め動けぬ妻に訊きながら鯛を捌いた大きな鯛を捌いた

「字余りやね。最後に繰り返している「捌いた」は要らないのでは・・・」

そう山越さんに言われた。それはその通りなんです。私もそうは思っていました。しかし、ここで藤原鎌足の万葉集の歌を紹介します。

※われはもや安見児得たり皆人の得難にすとふ安見児得たり

これは、鎌足が天皇から、安見児という美女を貰った時の喜びの歌です。単純な「安見児得たり」の繰り返しが、喜びの大きさを表現していると解釈されています。勿論、鎌足はそんな単純な人間ではなく、権謀術作に長けた人間だから、そういう風に、単純には解釈できないという説もあります。

そう説明すると、「美女を貰う喜びは、鯛を捌いたという喜びとは、比べ物にならないわ」と、言われてしまった。なるほど、納得しました。そこで歌は、こんな風に訂正されました。

★膝傷め動けぬ妻に訊きながら鯛を捌いた大きな鯛を

★膝傷め動けぬ妻に訊きながら大きな鯛をひとり捌いた

最後の歌には、男の哀感が漂うし、また妻への愛情も感じられるのではないか。そうですね、最後の歌の方がいいですね。

☆料理を始めて一か月 夏が来て 我きんぴらの腕を上げたり

「短歌としては、整いにくいが作者の気持ちがよくでている歌です」。先生の評でした。二句と三句でぶつぶつと切れてしまっているということでしょうか。

★料理始めて一か月たちきんぴらごぼうの腕を上げたり

★料理始めて一か月たち我きんぴらごぼうの腕を上げたり

★料理始めて一か月たち 夏が来て きんぴらごぼうの腕を上げたり

私としては、「夏が来て」という言葉が、なんとなく気にいっている。

きんぴらごぼうを作りはじめて、ふっと気がつけば今は夏なのである。

しかし、ごぼうの旬は春であるし、この場合は「夏が来て」は必要のない言葉であるのかもしれない。しかし、私は自分の最初の歌が好きです。二カ所に文字空けを使い、まるで詩のような感じです。では、最終案としてこんなのは

どうでしょうか。

★料理始めて一か月 夏が来て 我きんぴらの腕を上げたり

☆ヒマラヤから流れる川にキャスティング向う岸にはカワウソの群れいて

「群れいて」は字余りですね。ここは「群れる」でいいのではないか。

★ヒマラヤから流れる川にキャスティング向こう岸にはカワウソ群れる

 

 

 

 

 

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