橋本忠雄ブログ

2019年9月19日 15:01

短歌の部屋(71)

今回は、自由題です。

 

☆あえるかなと思って町に出てみると時たま遇える昼下がりの薔薇

この歌の解釈を巡っては、色々な意見が出ました。「あえるかな」の対象は、若い女性だろうとか、花が好きな人なので花を探しに町に出たのだろう・・・その時に薔薇にあえるなんて、なんて幸せな! など。私は、もちろん若い女性を想定してこの歌を詠んだのですが、読む人によって歌の解釈が違ってくるのも、いい歌の条件のひとつだと何処かで読んだ気もします。この歌は、私としては実験をしたのです。月刊誌「短歌」の2019年4月号の

「わたしが考える良い歌」という特集の中で、永田和宏氏が高野公彦氏の作品を取りあげていました。

※早寝して子はみずからの歳月を生き始めをり夜の霞草

この歌に対する永田氏の評はこうです。少し長いですが、引用してみます。

—— 就職が決まり、明日が初出勤という夜。早く寝に行ったのでしょう。親としては、子が自分たちの手を離れ、「みずからの歳月を生き始め」ようとしているという感慨と、ある種の寂しさがあった筈です。しかし、この一首はいっさいそのような感想を述べず、ぶっきらぼうに(何の関係もない)「夜の霞草」を結句に持ってきた。ここに霞草が来なければならないという必然などは何もないでしょう。なぜ作者はここに〈敢えて〉霞草を置いたのか、まったく説明をしていません。ある意味、きわめて無責任で不親切な歌と言ってもいいでしょう。その無責任さがこの歌を名歌にしたと言っても、高野さんは怒らないだろうと思います。これを読んで、上の句と結句とが違っていてもいいのだ、ある種のイメージというか、雰囲気が伝わればいいのだと、考えました。

そこで、この歌を作ったのです。しかし、このままだとやっぱり遇いたかったのは薔薇ということになる。このように変えてはどうかと、小谷先生は言われました。

★あえるかなと思って町に出てみると時たま遇える昼下がり、薔薇

なんだか、謎に満ちた歌になってきました。とても面白いと、私は気に入ってます。

☆通夜のあと棺を覗いている孫を写真の中から爺ちゃんが見ている

この歌は、好評でした。通夜という暗い場面を、こんな風に詠めるのはとても珍しい、こんな歌い方ははじめてみた・・・など。

天寿を全うした爺ちゃんが、愛する孫を写真の中から見ているなんて、とてもいい場面ですね、と言われました。

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