多田富雄 著 集英社 1500円 
世界的な免疫学者である多田富雄さんが、脳梗塞を発症し、そこから生還し
てこられた状況を、具に報告した記録である。
しかし、医学者(免疫学者)である彼の視点は、素人のそれとは違って、色々な苦痛、例えば嚥下困難や痰が絡む苦しさや歩行訓練の辛さなどを、医者の目から、また能作者としての目から、的確に描かれている。
私も今まで多くのCVA(脳梗塞や脳出血、くも膜下出血)の患者さんを診てきたが、その苦しみを頭では理解していたような気がしていたが、この本を読んで、私の抱いていた患者さんへの共感など、理解するというレベルには、全く達していなかったことを思い知らされた。
患者さんたちが、こんなにも深い絶望の中から、そのリハビリを通じて立ち上がってこられているのだとは、想像もつかなかった。そのことを思い知らされたことであった。
例えば、こんな描写は、患者の苦しみを、強く訴える力を持っている。
―― 喉の痰が一日中気になる。夜になると痰の苦しみに耐えがたく、胸を切
り裂いても痰を出したいと、ベッドの中で思い悩むのだった。殺してく
れと妻に訴えようと何度思ったかもしれない。しかし、訴えようにも、
どうにも声が出ないのだ。苦しみながら胸をかきむしり、どうしても耐
えられないときはのけぞって体をゆするほかはなかった。
―― 母音に始まりマ行の練習、そんな簡単なことが出来ないので、私は絶望
した。発音では鏡を見ながら練習する。初めて鏡を見せられて、私はあ
っと息を飲んだ。これが私なのであろうか。鏡に映っているのは、ゆが
んだ無表情の老人の顔だった。
―― 見舞い客がいっせいに帰ってしまうと、静かになった病室は、海藻に囲
まれた海の底のようだった。私は海藻の陰からじっと目を凝らしている
深海魚のように孤独だった。
―― 麻痺が起こると、筋肉の力が入らないのかといえば、そうではない。体
はだらりとしているわけではなくいつも緊張している。力を抜くことの
方が難しい(痙性麻痺)。
―― ST(言語療法士)は数も少なく、学問としても一番完成度が低い。
それにもかかわらず、その処遇は今でも一番酷い。一対一の辛抱強い訓
練、それに必要な時間数は健康保険で認められていない。保険の点数だ
って最近までは、ほかの理学療法に較べたらはるかに低く設定されてい
た。
―― しかし、その日は違っていた。いつものように、平行棒の間でもがいて
立ち上がろうとすると、不思議な力が私を貫いた。大殿筋が緊張して、
突然右脚が伸びた。そう思う間もなく、大腿四頭筋もひ服筋もピンと張
り切って、床を蹴っていた。ゆっくりと一歩を踏み出し、そして歩いた。
私が半年振りにで、自分の足で地上を歩いた一歩であった。あの巨人が
目覚めたのだ。あの鈍重な巨人が、ようやく一歩を歩き出したのだ。涙
が両眼に溢れて、何も見えなくなった。
引用はこれくらいにしますが、小泉改革のときに、厚労省が断行したリハビ
リ日数の制限に、彼が"リハビリ制限は人間の尊厳を踏みにじるものだ"と
断固医療改悪に反対された闘いは、重要な働きをしました。
彼の本を読んで、私は3男にこの本を読むように勧めました。
何故なら、彼は美術学校を卒業したのですが、方向転換して今は、理学療法
として、病院で働いているからです。こんな患者さんたちの苦しみを理解し
た上で、彼が理学療法士として、仕事をやってくれたら素晴らしいと、私は
心から期待しています。 08年12月4日



























