橋本クリニック

クリニック院長 橋本忠雄ブログ

しのびよる破局

橋本忠雄 (2009年9月14日 08:24)

 辺見 庸著  大月書店  1300円

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著者の言葉を借りれば、この本は、
―― 破局下の思考と行動はせめてどうあるべきかといった立脚点から、思念
本来のオリエンテーションを取り戻すためのひとつの叩き台として著された。
「いまは、どんな時代か」「私たちはどうして生きているのか」という基本の設
問への初歩的な答えを準備するために。くりかえすが、パンデミックといい、
大恐慌といい、破局といいながら、私たちはその内実を、らちもない政治や経
済生活への影響以上には一般にさして危惧していない。とりわけ内面の深み、
想念の底流、無意識の荒みとのかかわりについては、まったくといってよいほ
ど内観してはいない。その意味で、いささか乱雑な構成になってしまった本書
の、せめてどこか一箇所でも、ことばが読者の内面の湖底におりていくことを
私はねがっている。

 著者の意図は、ここに尽きている。金融恐慌といわれている時代だが、資本
主義の今に生きている我々の本来の願いは、経済的な復興だけでよいのか?
人間が人間を大切にしない、格差の時代に、我々の内面が壊れてしまっている
時に、その内面の復興を歯牙にもかけず、単に経済的復興を願っているだけで
よいのか?
 経済は人間のためにあるのであって、お金が人間を支配するのは間違ってい
る。資本主義がこれほど根底から問われている時代は、かってなかった。

著者は、本物の思考を目指す。ある中学校で、生徒から聞かれた。
―― 先生、女を買ったことある?
彼の答えに、先生方はぎょっとしていた。

そんな質問をした生徒のマチエール(その地域は、2割くらいが生活保護の家
庭であり、母親が風俗で働いていたりする。場合によっては自宅で商売をやっ
ている)に、嘘はつけないと彼は考えたのです。

 そんな生き方をしている彼は、いう。
――いまの為政者たちが社会的な非受益者たちにたいして注いでいるまなざし
とことばがぼくには納得がいかない。気に食わない。怒りも感じる。高みから
見て想定しているものと全然違うのだといいたくなる。おまえたち、三日でも
いい路上で寝てみな、と。政治家ほど意味のない動物はいない。
―― 人の誠実ということにはそれはそれは教えられました。それはぼくが他
者から与えられた、照り返された誠実の凄みです。死にゆく人に夜半につきそ
い、痰を取り続ける看護師の形相、痛がるがん患者の背中を何時間もさすり続
ける人のまなざし・・・・やさしさやいつくしみともちがう、もっと荘厳な眼
の色の深さを見たことがあります。
かれらの心ばえというものに、高邁な思想も哲学も政治信条も勝てないと思う。
結局ぼくは、百万言積み上げたような複雑な理屈、行動のともなわない華麗な
理屈よりも、その心ばえが圧倒すると思うのです。

そして、具体的には、以下のようにも述べる。

―― 今の社会は、人間の生体にあっていないのではないか。
―― インターネットというものは、世界をつなぐのではなく、切断してしま
った。内面が切断されたわけです。
―― モノにせよ金融にせよ、人の生活のためにあるべきなのに、逆立ちして、
人はただ市場のため資本のためにのみ生かされる存在にされた。
――経済が回復すれば、人格も回復するということではありません。ぼくは逆
ではないかとさえ感じます。
―― こんな状態でも税制を含めて、大企業を優先しようとしている。やっぱ
り価値はひっくり返ったままだと思うのです。いったい株式市場という
ものが絶対に人間社会にとって必要だったのか。そういう根源的な問い
があってもいい気がします。

辺見氏の言葉は重すぎて、疲れてきました。今日はここで一旦終わります。
辺見氏のことは、またいつか取り上げることになるでしょう。
                                     09年7月1日