活憲の時代 コスタリカから9条へ 伊藤千尋 シネ・フロント社 999円
74年に朝日新聞に入社。84年、チリのサンパウロ支局長、
91年、スペインのバルセロナ支局長、
2001年、アメリカのサンパウロ支局長などを歴任された著者が、
現地での体験や取材を元に、講演された内容を纏めた本である。
サンパウロは、当時ピノチェトの軍事独裁政権であった。
アジェンデ大統領が、軍のクーデターに対し、
大統領執務室で銃を取って戦い、最後は自殺して、社会主義政権は倒された。
その背後には、アメリカのCIAの陰謀があった。
1990年代は、ユーゴ内戦が闘われた時代であった。
また、2001年は、9・11テロが起こった年であった。
そういう時代、人々がどういうふうに、平和の問題に取り組んできたのかが、
当時を生きた人々の肉声を通して、具体的に述べられている。
とても分かりやすい。
モラレス大統領(ボリビア):9条を模範とした憲法をつくりたい
アンセル・アダムス:日系人の強制収容に反対した写真家
チリの反政府雑誌カウセ:獄中でもタイプライターで反政府の原稿を書く
バーバラ・リー:9・11後、ブッシュに権限を集中する法案に反対した
シンディ・シーハン:イラク戦争で息子が殺された。
ブッシュの牧場に出かけ、「息子はなんのために死んだのか」と、問いかけた
カリフォルニアの警察署長:「反テロ愛国法で、市民の電話を盗聴する」のを断った
マイケル・ムーア:「華氏911」で、ブッシュを批判
ロベルト・サモラ:ブッシュの戦争を支持した大統領を、憲法違反で訴えた
コスタリカの大学生。裁判に勝利した
8歳の少年:コスタリカで、違憲裁判を起こした最年少は、8歳であった。
コスタリカでは、憲法違反の訴訟が、1年間で12000件ある。
ゾフィー・ショル:反ナチのビラを撒いて、処刑された「白バラ」の21歳の女性
これらの人々の行動を見ていくと、有名無名を問わず、
何とも毅然とした態度が感じとれる。
何故、彼らには可能であって、何故そう出来る日本人が少ないのか?
例えば、ブッシュに反対したバーバラ・リーのような人がいると、
猛烈にバッシングされる。そこまではアメリカも日本も同じだ。
しかし、イラク侵略が、世論の支持を失ってきたとき、
人々はブッシュを批判し、バーバラ・リー議員を、圧倒的多数で当選させる。
イラクで捕まった高遠菜穂子さんら若者3人は、自己責任という言葉で、
激しいバッシングを受けた。
しかし、イラク侵略が間違っていたのがはっきりした現在も、
彼らの名誉が社会的に回復されたということはない。
何故なのか?
バッシングした当時の自民党の議員たちはいうに及ばず、
それを焚きつけた。
マスコミも、まったくその報道を検証してはいない。
何が違うのだろう?
個人の成熟度、社会の成熟度、基本的人権に対する理解、
同胞への愛、外国の人々に対する想像力、
長いものに巻かれろ式の生き方・・・・
いずれにしても、経済成長は遂げたが、社会全体としては、
成熟には程遠い私たちの国。
これは、戦後アメリカ一辺倒で生きてきて、
戦争を自力で総括してこなかった私たちの怠慢によるものかもしれない。
もし、ドイツのような総括が出来ておれば、
私たちも自立した市民になれたのではないか。
戦後65年の広島・長崎の平和記念式典で、
「核抑止力は必要だ」と、恥ずかしげもなく述べるわが国の首相。
彼には、自国民の苦痛に対する想像力の一片もないのだろうか。
また、これからの世界がどうあるべきなのかの歴史的な認識と展望も持って
いないのだろう。
これがわが国の現状だが、絶望しないでおこう。絶望する前に私たちがやる
ことはいくらでもある。伊藤さんは、そう言っているのだろう。
なにしろ、「護憲」ではなく、「活憲」を主張している彼のことだから。
2010年8月15日
コスタリカでは、小学校に入って最初に習う言葉は、
"人は誰でも愛される権利がある"という。
だから、愛されてないと思ったら、訴えることができる。
愛していない周りが悪い。その仕組みを変えなさい。
変えるのは国家の義務ですよ。という発想。
愛されるという言葉を言い換えると、基本的人権になる。



























